おらが なるこの ねったいしょくぶつえん

■鳴子植物園の歴史

夢を受け継ぎ新時代へ

この度、鳴子熱帯植物園は平成十八年十二月一日より私共(株)住久、名湯・秘湯うなぎ湯の宿、「琢秀」が運営することになりました。

元社長木村幹愛氏は、復員後の昭和三十一年、灰色の戦後の傷手からようやく人々が活気を見い出し始めた頃、激戦地だったニューギニア戦線から復員したお兄さんの幸男氏と二人で「雪国の中山平で温泉熱を利用して南国のワニを飼い、熱帯植物を育て、バナナを実らせる」という当時としては奇想天外、壮大な夢を描き、立ち上げました。

その夢の大きさに、時には変人扱いされたこともあったと言います。どれだけの艱難辛苦があったことか、新婚四ヶ月目の新妻と共に立ち向かったのです。あまり、多くを語ろうとしませんが、それだけに、その苦労が並大抵のものでなかったことが察してあまりあります。

その甲斐あって、東北初の熱帯植物園は、様々な話題を呼び、鳴子温泉に来られた観光客、必見のスポットとなり、地元の皆様に愛され、年間三十五万人も訪れる一大名所に成長していきました。

戦争へ一直線、自分の人生に夢を見ることがかなわなかった時代背景か、夢のような明るさと、パパイヤやバナナが生い茂る異国情緒は、珍しさだけでなく、一人の男のロマン、サクセス・ストーリーとして、訪れる人々の胸に、我もかくありたし、という熱い思いと、元気なチャレンジ精神を呼び起こされ、共感を得たのだと思います。
源泉の修復中に指を飛ばし、大やけどを負いながらも、木村氏の夢は一層ふくらみ、ワニの夫婦を三メートルの大きさにまで飼育し、サボテンにおいては日本一を誇る規模にまで増やしていきました。吹雪の中でも鮮やかな熱帯の花を見てくれるお客がいたら、国道から背負ってきたと言います。
今、八十一歳になられた木村氏は心臓病を患い、手術して奇跡的に元気になられましたが、元のような活躍は出来ないと決心し、五十余年にわたっていつくしみ育ててきた熱帯植物園を私共に託していただきました。

いまや大木に育った木々は、パパイヤであれば1000個は実をつけ、東北に誇る珍種のサボテンの種類の豊富なこと、仮に一度失ったら取り返しのつかない大いなる財産です。木を植え、木を育てていくことの意義の深さを身をもって実践し、鳴子の地に築いていただきました。素晴らしい鳴子の誇れる宝です。
今、一つの大事業を成し遂げた木村氏は、静かな面持ちで、ポツポツと語り、地元の為に、将来の子供達に生きた教材として見てもらいたいと祈るような気持ちで今後を見守っていきたいと欲得のないおだやかな笑顔がありました.。

託された私共は、まったくの素人です。残ってくれた経験のある従業員さんを頼りに、一からの出発です。種々のアイデアとか催しの希望とか、お寄せくだされば本当に有り難いです。特に地元の皆様のご支援ご協力が一番ありがたいです。

又、植物に関心のある方、もしくは植物園でお仕事をなさりたい方、是非御連絡くださいませ。

熱帯植物園は癒しの場、精神的解放の場でもあります。高い幹の下でホット一息ついて植物から発するオゾン一杯の清浄な空気の中で自分を取り戻す時間、旅の中でそんな普段と違う体験をしてみて下さい。

寒い冬こそ暖かい熱帯植物園へお越し下さい。
鳴子熱帯植物園は他市、他県に誇る鳴子の観光資源で、私共に是非お力添えを頂き、そしてみんなで守りましょう。

今回みんなの宝、財産という思いを込めて
「ORAGA(おらが) 鳴子の熱帯植物園」
と名称を少し変えました。ご支援を幾久しく心よりお願い申し上げ、あいさつとさせて頂きます。

平成十九年一月吉日
(株)住久、ORAGA 鳴子の熱帯植物園
代表取締役社長 佐々木 久子

     
     
ORAGA鳴子の熱帯植物園 〒989-6832 宮城県大崎市鳴子温泉字星沼20-12 電話0229-87-1030
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